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 栃木県・大田原市

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大田原市:一覧

雲巌寺
雲巌寺
【 概 要 】−大冶年間、初叟元和尚が入山開基。弘安6年には執権北条時宗の庇護により七堂伽藍の大寺院を建立。禅宗の日本四大道場。天正18年秀吉軍により焼き討ちされ大きな被害。仏国国師像、仏応禅師像は国指定重要文化財。
下侍塚古墳
下侍塚古墳
【 概 要 】−全長84m、前方部36m、高さ5m、後方部幅48m、高さ9.4m、前方後方墳。那須地方では上侍塚古墳に次ぐ規模。江戸時代には水戸光圀の命により日本最古の学術的発掘調査が行われた。国指定史跡に指定されています。
那須神社
那須神社
【 概 要 】−仁徳年間に下野国造奈良別名が御神体である金瓊を埋め石祠を建立。延暦年間に坂上田村麿が宇佐八幡宮の分霊を勧請。中世以降は那須家、江戸時代は大関家の崇敬社となり庇護。本殿、楼門は国指定重要文化財。
那須国造碑
那須国造碑
【 概 要 】−西暦700年に那須国造那須直葦堤の業績を称える為に建立された日本を代表する古碑、日本三大古碑の一つ。花崗岩製、高さ148p、19字×8行の152字の碑文。江戸時代には水戸藩主徳川光圀が調査。国宝。
金剛寿院伝法寺
金剛寿院伝法寺
【 概 要 】−奈良時代末期に開山したと伝えられる古寺。中世から近世にかけては隣接する福原八幡宮と神仏混合。最盛期には125ヶ寺の末寺、下野三金剛、10万石の寺格をもったそうです。武将起請文(5通)が大田原市指定文化財。
金燈籠
金燈籠
【 概 要 】−初代は文政2年に大田原城下の住民達が道中安全と町内安全を祈願して建立。2代目は昭和30年に旧三斗小屋宿(那須塩原市)から譲渡され、現在の3代目の金燈籠は昭和54年に初代のものを踏襲した形で再建されたものです。
実相院
実相院
【 概 要 】−永享年間に福原氏の娘が実相庵を開いた。永禄11年に福原家累代の菩提寺になると福原氏から庇護され寺領の寄進や堂宇の造営などを行いました。境内には福原家累代の墓所があり大田原指定史跡に指定されています。
法輪寺
法輪寺
【 概 要 】−貞観2年慈覚大師が開山、又は久寿年間に那須氏が開基、覚上人が開山。寛元3年に後嵯峨天皇の勅願所となり寺運が隆盛し、寛永13年弁海和尚が再興。境内には西行法師縁の西行桜有。那須三十三所観音霊場第23番札所
玄性寺
玄性寺
【 概 要 】−当初、功照院と称し那須与一の兄那須資之が開基。天正18年那須資景が鉄尊和尚を招き中興開山。境内にある那須与一宗隆の墓は大田原市指定史跡。「福原のモチつき唄」は大田原市指定無形文化財となっています。
大雄寺
大雄寺
【 概 要 】−応永11年余瀬村に開山されたのが始まり。大関氏菩提寺として庇護。天正4年に現在地に移る。多くの寺宝が残され文化財指定され堂宇も江戸時代中期に再建された古建築物で、多くが茅葺屋根の中世の禅宗様を踏襲。
光真寺
光真寺
【 概 要 】−創建は天文14年、大田原資清が両親の菩提を弔う為、體翁麟道大和尚を招いて開山したのが始まり。大田原家の代々の菩提寺として庇護され寺領の寄進や堂宇の造営などを行いました。歴代大田原家の墓は市指定史跡。
 
 
 
 
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